前者は、自覚があったりなかったりしますが
シミュレーション世界 のようなものを自前しています。
「ふつう(条件ごとの平均)」の自動計算の集合値みたいなものといったらいいでしょうか。
そのため、状況を盤の上で自然に把握(俯瞰)しているのですが
その俯瞰の位置や範囲
が人によって違うようなのです。
それを 俯瞰の高低 と捉えたのがこの話です。
あえてレベル感を並べるなら
超高俯瞰 (地球?宇宙?)
高俯瞰
中俯瞰
低俯瞰
水平俯瞰(角度・高度0)
のような段階でしょうか。
前者はこの違いによっても イメージや雰囲気がかなり変わります。
物理的なイメージとほぼ同じように考えてもらって構いません。
水平俯瞰の人のシミュレーションのイメージは 目の高さの視界です。
逆に 超高俯瞰の人は「人がゴミのようだ」ならぬ、「人が点」という世界イメージをベースにしている。
じゃあ、この「俯瞰の高さの違い」とは
質的には「何の違いの話なのか」というと
思考の 具体-抽象度 のレベルの差
といっていいかと思います。
より高いほうが 見通しがいいし、全体の要点を捉えやすく処理が速くなる。
より低いほうが 現実に沿った肌感(身体性)があって、バラエティに富んで豊か。
ちなみに これは各前者が「そのポジションしか取れない」という話ではなく
あくまで シミュレーションのベースポジション の話です。
ベースポジションがどこかと
可動域や限界範囲、盤のバリエーションの持ち方は また別の話となります。
ただ「視点の移動」という意味では
低→高の視点移動は
目的に応じた対応レベルなら
テクノロジーや 、本人の能力や知識や経験、習慣やノウハウの力を借りてある程度テクニカルにできるのに対し、
高→低 の視点移動のほうが
共有されているノウハウも少なく、苦労している印象はあります。
(これは前者→後者もそうですね)
移動力がないと
「ある切り口」「視点」において洗練されて整合している一方、
融通や想像力が働きにくいという傾向はあるかと思います。
あと、いわゆる俯瞰の高低は
単純なIQ的な「頭の良さ」というものとも別 です。
その中のある種のパラメーターには関係はあるでしょうが、そのものではありません。
…というのも、知的障害の方々の中にも
同じように俯瞰の高低があるんですよね。
(健常者より俯瞰が高いように見える人もいます)
ちなみに…漫画ですが
『約束のネバーランド』のノーマン。彼は作中最優秀キャラですが、思考を積み上げ式で考える水平俯瞰タイプかと思われます。(高さのベース位置はレイのほうがずっと高い)
ま、といっても、高い人のほうが ぱっと見 「賢い」印象は受けますけどね。
要領のよさや、要点と枝葉末節の差が見える能力の高さを、そう感じるのかもです。
簡単にですが、各特徴をざっとまで。
とはいえ、特筆するのは水平俯瞰と、超高俯瞰者。
間の特徴はグラデーション だと思っています。
さて水平俯瞰。
俯角0度。
「俯瞰」といいしな「上から」ではなく、カメラは地上。
地上の目線で全体を捉えている。
ゆえにシミュレーションの 具体度が高い。
見えているものがリアルに近い。
情報が個別化され、豊かで血が通っている、
地に足がついている。
しかしそのぶん データが重くなる。
ゆえに、要領はそんなに良くない 人が多くなります。
また、そもそも全体把握や状況予測は「高いところから見る」ほうが 圧倒的に有利なので、
その点でも、あまりスピードや スマート感が出づらい。
そういうところを「わたし後者なんじゃ…」と疑う人も多かったり。
実際、後者から見ても
「俯瞰(見下ろし)」感がないし、視野も一応自分中心「ぽい」感じ。
活動範囲も似ていて、「具体的なひと」「具体的な事情」に対して ちゃんと目がいっていて、話も聞いてくれる。
しかし ・・・・。
水平前者さんたちからすると 不本意だし不当とは思いますが
彼らは残念なことに
侮られやすい、マウントをとってこられやすい
という特徴を持っています^^;
なぜなら
常時俯瞰高めの人からすると
「遅いな・・」
MAXダッシュをかける 後者からは
「なんかノロイな・・」
と思われがち。
しかも、なまじ後者の世界にも 心情や視界的に近いため、
「後者の言い分や感覚」も「前者の言い分や感じ方」も
両方拾って理解してしまって、
板挟みでちょっと損な立ち位置で 調整役や緩衝役をやらされる羽目になる…
なんてことになりがちだからです。
でもって
善意だけでやってしまうと、そこまで要領よくないので
うまく立ち回りきれなくて よかれの結果 本当に損することも。
・・・・でもねー。
そこはやっぱり前者で。
長く見ればソツがないんですよ。
切れ味鋭い て感じではないけど、着実にこなしてくれる。
天然なことやドジな面もあったりするけど、それはその場だけで、実は穴が少ない。
偏りがあまりない。
それなりの長さで付き合えば、周りは当然 「わかってくる」。
後から評価が上がって 信頼されたり、いろいろ任されていくタイプでもあります。
性格や個人差もありますが、
色んな人のいろんな凄さがわかるがゆえに
自分の凄さになかなか気づかない、
なんて特徴もあったりします。
開き直ってしまえば
ちょっといじられキャラ、愛されキャラなポジションを獲得しつつ
「わかってくれる」し、いざとなれば頼られ、静かに場に影響も与えられる「実は」の人。
けっこうおいしい立ち位置の取り方もあったりします。
なんか遠い目をしていますよね。
目のずっと奥のほうから世界を見ている感じ。
外思考(A,C)のほうが見てわかりやすいかな?
思考の抽象度が高く、視野が広い。
ゆえに予測や見通しが遠く広くあって、パターンの組み合わせ処理が速いです。
深い思考より、速くて軽くて遠い思考。
あとはどこまで密度をとるか。
「人と違う」
「なんでみんなはわからないんだろう」
「オトナっておかしい」
「自分がおかしいのかな」
完全に回りを見切り切っていたのでなければ
世界とのギャップや、自分の立ち位置の不安定さを感じながら 育ったかもしれません。
自然にしているだけなのに、周りから
「バカにしているでしょ?」なんて、飽きるほど言われてきている のでは?
(特に女性)
本人に「人よりはるかに見えている」
という自覚がないと、
それが周りの劣等感を刺激して、攻撃的な態度を誘発しがち なところもあります。
(そもそも「高いところから見る」こと自体が持つ 侵害性というものは実際ありますしね)
勉強みたいな わかりやすい指標で秀でていると自他を納得させやすいですが、
俯瞰の高さは必ずしも そういう能力とは同じではないし、
恵まれた環境にあったとも 限らないですからね・・。
あるいは、その能力を割り切って使えば、上手くずるくも余裕で立ち回れるので
露悪的な方向に行く人もいます。
日本的な具体性や共感性や文脈優位の社会より
アメリカンな世界のほうが 自由に活躍しやすいのだとは思いますが
(アメリカドラマのエリートによく出てくる)
そういう精神性が好きかどうかはまた別ですしね・・。
(アメリカよりヨーロッパの方が合っているかも?)
とかく生きにくさを感じやすいかもしれません。
ひとことでいって、孤独ですよね。
やはりどこかで割り切る、同じレベルで話せる仲間と出会う、
みたいなことが必要なのでしょう。
同時に、全くタイプの違うド深海後者、と仲良くしているケースも多い印象。
「ふつう」からの遠さへの共感や
理解されない孤独の共感もあるのかもしれませんし
逆に計算や見ているものの「被りがない彼らの世界に
息がつける、安心するなんて話を見聞きします。
自分より俯瞰の低い前者の「計算」なんて正直お見通しですもんね。
うんざりもしてきただろうし
変に近いほうが逆にお互いそれに気づいていて気を使っちゃう。
また、彼らは人より大きな辻褄でものが見えるので、周りを泳がせておける範囲も広い。
(本人の心理的キャパ「器」が大きいかどうかは別軸ですが、情報の取捨選択と処理が速いので)
あまり支配的な性格だとまた別ですが
扱いにくい後者人材を上手く社会に活かす担い手をしていることも多い気がします。
一方で、視点を低く持っていくのは正直苦手なので
「ふつうの人」への共感や想像力は弱点になりがちです。
観察しているから、パターンとしては理解していますけれども。
サポート役ではなくトップの立場に立ったときには注意がいる部分かもしれません。
まあ、これは超高俯瞰前者に限った話ではなく、前者全般が意識していい部分ですが。
*
前者は4タイプとこの俯瞰の高低を組み合わせると
それぞれのシステム的パターンが見えてくると思います。